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ソフトボール

東京レジェンドフェローズ

2023/03/10 掲載
東京レジェンドフェローズの練習に参加したメンバーのみなさん

 2012年に発足した車椅子ソフトボールチーム。全日本車椅子ソフトボール選手権大会は2013年の第1回から連続出場しており、第3回大会では優勝を飾りました。メンバーの年齢層は20~60代と幅広く、初心者も、最高峰の国際大会・ワールドシリーズの優勝&MVP選手や元日本代表選手も一緒に汗を流しています。

お問い合わせ

以下の東京レジェンドフェローズのFacebookよりお問い合わせください

https://www.facebook.com/TokyoLegendFellows/

クラブ紹介

活動場所
江東区立第三亀戸中学校グラウンド
活動日時

毎週土曜日18:00~21:00

※学校行事、雨天、大会開催中は練習がありません

所属人数

一般社団法人日本車椅子ソフトボール協会(以下、JWSA)登録選手14人(内訳:障害者3人、健常者11人)

※ソフトボールや車椅子操作が初めての方にも、日本代表経験者が丁寧に教えます!体験含め、参加者随時受付中!

会費の有無

JWSA登録費:4,000円(年)

活動紹介

 車椅子ソフトボールは、山なりのゆっくりとした球を投げるスローピッチソフトボールが土台となっている。日本では健常者の参加も認められており、老若男女問わず楽しむことができるユニバーサルスポーツだ。チーム編成は10人制で、タイヤが「ハ」の字になった競技用車いすに乗ったまま、「投げる・打つ・捕る」の動作を行う。選手の障害の程度に応じて4つのクラスがあり、ゲームに参加している選手の合計持ち点が21点を超えてはならない。盗塁は禁止で、カウントは1ボール、1ストライクからスタートし、2ストライク後のファールはアウトになるという独自ルールがある。

 車椅子ソフトボールの発祥の地であるアメリカでは、40年以上前から全米選手権が行われるなど広く浸透している人気のパラスポーツだ。日本では、アメリカ留学中に全米選手権に出場した堀江航(ほりえわたる)選手が競技を紹介し、有志が日本代表チームを結成。2012年のワールドシリーズに出場したことが始まりだ。

 その後、ワールドシリーズに参加したメンバーが中心となり、東京でも車椅子ソフトボールのクラブチームを作ろうと周知活動し、誕生したのが、「東京レジェンドフェローズ」だ。チーム名には、「レジェンド=伝説をつくる」「フェローズ=仲間」という、創設メンバーの想いが込められているそうだ。

 「東京レジェンドフェローズ」は2012年のチーム結成後、国内における車椅子ソフトボールの認知向上と普及を目指し、「ノースランドウォリアーズ」(北海道)と「第1回全日本車椅子ソフトボール選手権大会」を2013年に開催。この盛り上がりを継続させたいと、メンバーがそれぞれの地元でも活動するようになった結果、現在のJWSA登録チームは北海道から沖縄まで、全国に22チームまで広がった。

 代表を務める佐々木修(ささきおさむ)さんは、「東京レジェンドフェローズは、日本の車椅子ソフトボールの歴史そのものなんです」と語る。

 チームメンバーの顔ぶれは、20~60代の初心者から日本代表選手までと、とても多彩だ。メンバーの進学や転勤などで人数が減った時期もあったが、「現在は復活の途中です」と佐々木さん。

 取材に訪れた2022年12月11日の練習には、「北海道Brave Fighters」に所属する佐々木椋汰(ささきりょうた)選手や、曳田和樹(ひきたかずき)選手らも加わり、スタッフを含めて9人が参加した。

 練習は午後6時から。ランニングやキャッチボールでしっかりと身体を温めたあとは、ゴロとフライキャッチの守備練習に取り組んだ。車椅子ソフトボール専用の競技用車いすは、前にバンパーがないため、地面に近いボールがキャッチしやすい点が特徴だ。

 休憩を挟み、バッティング練習をスタート。障害の程度は人によって異なるため、選手たちは片手打ちや両手打ち、体重の乗せ方、バットの振りぬき方など、さまざまな打ち方を試し、自分に合ったバッティングを模索していた。

ノックバッティングを行う代表の佐々木さん
しっかりとボールを見てキャッチ!
ゴロ捕球の練習に臨む選手たち。車いすを漕ぐため守備は素手が基本だ
練習の合間の休憩で声を掛け合い、コミュニケーションを欠かさない

競技用車いすには、バッティングの際に足を横に置いて踏ん張れるようステップがついているものもある(左)
鋭い打球を前に飛ばす佐々木選手
片手でバッティング練習を行う曳田選手

 国内において、車椅子ソフトボールの歴史はまだ浅く、選手が自分たちで普及も発展も歴史を作ることも自由にしていける、伸びしろがあるスポーツだ。「東京レジェンドフェローズ」でも、競技を始めたばかりの人も、上を目指す選手も、みんなで一緒に楽しむことを大切にしており、それぞれが満足いく練習ができるよう、メンバー同士でトレーニング内容を話し合いながら練習に取り組んでいる。

 そんなチームのまとめ役として活躍しているのが、24歳の小貫怜央(おぬきれお)選手だ。小貫選手は昨年のワールドシリーズで優勝した日本代表メンバーで、大会MVPを獲得したトップ選手。その経験を活かして、チーム練習ではトレーニングメニューの作成や守備練習のノッカーも積極的に担当する。

 東京都世田谷区出身で、幼少期から野球に打ち込んだ小貫選手。中学3年のときに左脛骨に骨肉腫を発症し、左膝が人工関節になったことで走ることができなくなり、野球を断念せざるを得なくなった。その後、高校3年のときに車椅子ソフトボールと出会ってすぐに夢中になり、競技を始めて1年後には日本代表に選出された。

 2021年には、プロ野球独立リーグ「ルートインBCL」の「茨城アストロプラネッツ」傘下の車椅子ソフトボールチームからのオファーを受け、日本人初のプロ選手として活動。監督業も兼任し、チームビルディングについても学んだそうだ。さらに、今季はアメリカに渡り、全米3位のクラブチーム「ホークス」で5か月間にわたって修行を積み、実力を磨いてきた。小貫選手は、「僕みたいに走れなくても活躍できるのが、車椅子ソフトボールの魅力。日本でもどんどん広めていきたいですね」と、力強く話してくれた。

笑顔で取材に応じてくれた小貫選手
小貫選手はコンパクトなスイングで快音を響かせる

 その普及の取り組みの一環として、東北・関東エリアの4チームが協力し、リーグ戦「フロンティアリーグ」を昨年初めて実施した。プレーを楽しむことを目的とし、試合の出場機会を経験することで車椅子ソフトボールの楽しさを知ってもらおうという試みだ。「東京レジェンドフェローズ」からは競技を始めたばかりの選手らもエントリーし、見事優勝を果たした。「フロンティアリーグ」は今後も開催していく予定だといい、小貫選手は「興味がある人は、ぜひ問い合わせてほしい」と、参加を呼び掛ける。

 「東京レジェンドフェローズ」の次なる目標は、この「フロンティアリーグ」の連覇と全日本選手権での優勝だ。メンバーたちは、チーム一丸となり、目標達成に向けて邁進していくことを誓っていた。


(取材・文/MA SPORTS、撮影/植原義晴)