車椅子ソフトボールは、山なりのゆっくりとした球を投げるスローピッチソフトボールが土台となっている。日本では健常者の参加も認められており、老若男女問わず楽しむことができるユニバーサルスポーツだ。チーム編成は10人制で、タイヤが「ハ」の字になった競技用車いすに乗ったまま、「投げる・打つ・捕る」の動作を行う。選手の障害の程度に応じて4つのクラスがあり、ゲームに参加している選手の合計持ち点が21点を超えてはならない。盗塁は禁止で、カウントは1ボール、1ストライクからスタートし、2ストライク後のファールはアウトになるという独自ルールがある。
車椅子ソフトボールの発祥の地であるアメリカでは、40年以上前から全米選手権が行われるなど広く浸透している人気のパラスポーツだ。日本では、アメリカ留学中に全米選手権に出場した堀江航(ほりえわたる)選手が競技を紹介し、有志が日本代表チームを結成。2012年のワールドシリーズに出場したことが始まりだ。
その後、ワールドシリーズに参加したメンバーが中心となり、東京でも車椅子ソフトボールのクラブチームを作ろうと周知活動し、誕生したのが、「東京レジェンドフェローズ」だ。チーム名には、「レジェンド=伝説をつくる」「フェローズ=仲間」という、創設メンバーの想いが込められているそうだ。
「東京レジェンドフェローズ」は2012年のチーム結成後、国内における車椅子ソフトボールの認知向上と普及を目指し、「ノースランドウォリアーズ」(北海道)と「第1回全日本車椅子ソフトボール選手権大会」を2013年に開催。この盛り上がりを継続させたいと、メンバーがそれぞれの地元でも活動するようになった結果、現在のJWSA登録チームは北海道から沖縄まで、全国に22チームまで広がった。
代表を務める佐々木修(ささきおさむ)さんは、「東京レジェンドフェローズは、日本の車椅子ソフトボールの歴史そのものなんです」と語る。
チームメンバーの顔ぶれは、20~60代の初心者から日本代表選手までと、とても多彩だ。メンバーの進学や転勤などで人数が減った時期もあったが、「現在は復活の途中です」と佐々木さん。
取材に訪れた2022年12月11日の練習には、「北海道Brave Fighters」に所属する佐々木椋汰(ささきりょうた)選手や、曳田和樹(ひきたかずき)選手らも加わり、スタッフを含めて9人が参加した。
練習は午後6時から。ランニングやキャッチボールでしっかりと身体を温めたあとは、ゴロとフライキャッチの守備練習に取り組んだ。車椅子ソフトボール専用の競技用車いすは、前にバンパーがないため、地面に近いボールがキャッチしやすい点が特徴だ。
休憩を挟み、バッティング練習をスタート。障害の程度は人によって異なるため、選手たちは片手打ちや両手打ち、体重の乗せ方、バットの振りぬき方など、さまざまな打ち方を試し、自分に合ったバッティングを模索していた。