パラスポーツインタビュー詳細
半谷 静香さん(東京アスリート認定選手:視覚障害者柔道)
プロフィール
名 前
半谷 静香(はんがい しずか)
出身地
福島県
所 属
エイベックス株式会社
出場階級
48kg級
障 害
網膜色素変性症
〇視覚障害者柔道で東京アスリート認定選手の、半谷静香選手にインタビューを行いました。半谷選手はロンドン2012パラリンピック競技大会、リオ2016パラリンピック競技大会と2大会連続出場を果たし、東京2020パラリンピック競技大会出場を目指しています。1年後の東京2020パラリンピック競技大会に向けて現在の心境などをお聞きしました。
柔道をはじめたきっかけを教えてください
小さい頃から網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)という進行性の目の病気でしたが、普通学校へ通っていました。体を動かすのが苦手だったのですが、中学校では部活に入らなければならず、2歳上の兄がいた柔道部に入部しました。ただ、体力がないため練習についていくこともきつくて、乱取り(自由に技を掛け合う練習法)などの練習でも見えない為に突き指を何度もしました。辛かったこともたくさんありましたが、何とか中学・高校の6年間、柔道を続けることができました。高校卒業後は中学生の頃から夢でもあった理学療法士になるために、筑波技術大学へ進学しました。そこで先輩に誘われたのがきっかけで視覚障害者柔道と出会いました。
視覚障害者柔道を始めた時の印象を教えてください
それまで視覚障害者柔道の存在も知らなかったのですが、晴眼者柔道(オリンピック競技の柔道)でとても苦労していた組み手争いがなくなった気楽さと、相手と組み合った状態から始まることで自分のタイミングで技をうまく繰り出せないもどかしさで、最初のうちは戸惑いながらも、新たな可能性を感じました。
視覚障害者柔道に出会ったその年の日本選手権に出場して優勝した時は嬉しさよりも葛藤を強く覚えました。「中学・高校時代は地区大会を勝ち上がっても県大会では全く手も足も出なかった私なんかが日本一になってしまっていいのだろうか」「どんな気持ちで日本を背負えばいいのだろう」と考えてしまい、少しの間柔道から遠ざかってしまいました。ただ、大学のクラスメイトの多くが柔道をやっていたため、なんとなく柔道場に足が向いていき、徐々に柔道を再開することができました。
その後出場された国際大会について教えてください
初めて国際大会に出場したのは、2010年にトルコで行われたIBSA柔道世界選手権大会で、海外に行くのも飛行機に乗るのも初めてでした。ちょうど大学4年生で学業も忙しく、柔道に専念できていなかったこともありますが、1回戦で敗退し、「上には上がいるな」と実感しました。その後の2010年の広州アジアパラ競技大会では柔道の日本代表選手団の中で私だけメダルを獲れなかったことが悔しくて、メダルへの想いが強くなりました。
初のパラリンピックだったロンドン2012パラリンピック競技大会は7位に終わりました。2回目のリオ2016パラリンピック競技大会は大会の2週間前に出場が決まったこともあり、プレッシャーを感じる間もなく、開き直って大会に臨みました。初戦で負けてしまったものの、敗者復活戦から3位決定戦まで勝ち進むことができました。その試合で敗れて5位という結果はもちろん悔しかったのですが、それよりもメダルまであと少しという手応えを強く感じることができた大会でした。
ロンドン2012パラリンピック競技大会後は他の競技も体験されたとうかがいました
ロンドン2012パラリンピック競技大会後に、将来のことを見据え鍼灸師の資格を取ろうと養成校に通い始めました。学校で勉強をしていた3年間は勉強と柔道をいかに両立していくかを工夫した時期でした。というのも練習場所に通うのに片道2時間かかっていたので、1回の練習をいかに充実させるか、また練習ができないときには走り込みをするなどで体力の向上を図りました。そんな時期にマラソンをしたり、ブラインドサッカーをしたりしました。
視覚障害者柔道以外の障害者スポーツに触れてみてどうでしたか
走ることに対して苦手意識を持っていたのですが、伴走してもらうことで走っているときが楽しい時間になりました。また、ブラインドサッカーのストップ&ゴーのような緩急のある動き、急に走って向きを変えるという動きは、それまで自分の中でイメージできていなかったことがブラインドサッカーを通じてイメージできるようになり、柔道でも一歩踏み込むときや相手との距離感を調整する時に活かすことができました。柔道以外の競技に出会ったことは大きく、得るものがありました。
東京2020パラリンピック競技大会に向けてどんな練習をされていますか
東京2020パラリンピック競技大会へ向けて、現在は町道場で出会った仲元歩美(なかもとあゆみ)コーチの指導を受けています。仲元コーチは現状とゴールを明確に言葉で表してくれて、年も近く気兼ねなく思ったことを伝え合うことができます。時には意見がぶつかることもありますが(笑)柔道を一緒に高めていってくれる大切なコーチです。今は週4-5回、中高生から実業団まで出稽古で様々な選手と組ませていただいたり、町道場を借りてコーチや他に所属している選手と研究をしたりしています。東京2020パラリンピック競技大会まで残り時間が限られているので、自分に何ができるのかを一生懸命考えながら、コーチとともにできることを一個ずつ積み上げていている段階です。
練習がオフの日はどのように過ごしていますか
食事を作ったり、読書をしたり、軽登山が好きなので練習との都合があえば高尾山に登りに行くこともあります。最近は減量のための食事のコントロールやトレーニングもかねて自分で食事を作るようにしています。買い物では見えないので普段は決まった物しか買わないのですが、時間に余裕があるオフの日は時間をかけて買い物をしています。
東京2020パラリンピック競技大会での目標を教えてください
東京2020パラリンピック競技大会では私の階級が最軽量の48㎏級ということもあり、柔道競技の中で一番最初の決勝になるはずなので、金メダルを獲って、日本に良い流れを作りたいです。
直近で出場される大会について教えてください
今年の3月10日に講道館で行われる「東京国際視覚障害者柔道選手権大会2019」で優勝できるように頑張りたいと思います。ホームが会場の大会に弱いジンクスがあるので、東京2020パラリンピック競技大会の本番に向けてホームで戦うことにも慣れていきたいです。応援よろしくお願いします!