パラスポーツインタビュー詳細
小川 仁士さん(車いすラグビー)
プロフィール
名 前
小川 仁士(おがわ ひとし)
生年月日
1994年6月2日
出身地
東京都
所 属
バイエル薬品株式会社
東京2020パラリンピック競技大会では日本代表として銅メダル獲得に貢献した小川仁士さんにインタビュー。車いすラグビーを始めたきっかけや普段の練習の様子、車いすラグビーの魅力やみどころ、さらにはパリ2024パラリンピック競技大会(以下、パリ大会)にかける思いや、将来の展望などを伺いました。
受障の経緯についてお聞かせください。
18歳の時にモトクロスのレース中の事故で首の骨を折り、その時に頚髄を損傷して首から下の部位が自由に動かせなくなってしまいました。それまでも毎年のように骨折を繰り返していたので、いつものように回復するのではないかと楽観的に考えていたのですが、徐々にこれまでとは様子が違うことに気づいたんです。だからといって深く落ち込むことはなかったのですが、「動きたい」という気持ちに対して体がついていかないことにはストレスを感じていたようで、体調を崩すこともありました。
車いすラグビーと出会い、選手になろうと決めた理由を教えてください。
車いすラグビーに出会ったのはそのリハビリを受けていた頃で、車いすラグビーの練習を見学する機会があったのですが、そこで車いすラグビー界のレジェンド・島川慎一選手の練習風景に魅了され、自分もやってみたいと強く思うようになりました。その後、リハビリの一環で実際に体験してみたらとても楽しくて、どんどんのめり込んでいきましたね。
その中で島川選手のいるBLITZという強豪クラブチームの関係者に入団を勧められたのがきっかけでBLITZに入り、今もBLITZでプレーしています。はじめは日本代表にこだわらず、継続してやっていければいいなという感じでしたが、練習していくうちに、やるからにはパラリンピックに出たいと思うようになりました。
選手と初めて試合に出た時はどうでした?
当時はチームの人数がとても少なかったこともあって、入団してすぐ、ルールをろくに知らない状態で試合に出ることになったのですが、あまりにも緊張しすぎて試合の様子などはほとんど憶えてないですね。ただ日本選手権で最多優勝している強豪チームなので教えてもらうことも多く、なおかつ試合に出る機会も多かったので、1年目の成長はすごく大きかったのかなと思っています。
普段はどのように練習をこなしているのですか?
今は週に2回、日本代表メンバーが集まってパスやタックルをはじめとするさまざまな動きを丸1日しっかり練習しています。あとは週2回、個人でウェイトトレーニングを行い、それ以外の時間はBLITZで練習したり、他のクラブチームの練習に参加させてもらったりしています。休日は週に1~2日あるのですが、家族と遊びに出掛けるなど、車いすラグビーと関係ないことをやって気持ちをリフレッシュするようにしています。
意識的にオフにしないと、車いすラグビーのことを考えてしまうのですね。
そうですね。たとえば、移動中でも自分のプレーを反省しながらそれを今後どう改善しようかと考えてしまうので、意識的に車いすラグビーから離れる環境を作らないと気持ちが休まらないですね。モチベーションを維持するためにも、心身のリフレッシュは大事だと思っています。
試合後は反省することが多いのですか?
試合でも練習でも100%良かったと思えることがほぼないので、常に反省しています。ただ失敗をすればするほど、成功したときの経験値は大きいと思っているので失敗するときは大きく失敗しようと心がけています。そこで立ち止まって落ち込むのではなく、失敗や気に入らないプレーを1つでも減らそうというのが競技へのモチベーションになっています。
自分としては、100%良かったと思える試合、それを一番の大舞台であるパラリンピックでしたいと思っています。
年間にどれくらい試合がありますか?
日本代表チームとして出場する大会が年に2回あり、クラブチームとして出場する大会も年2回ほどあります。あとは、年に2~3回海外に遠征し、国外のチームとも試合をしています。
海外と国内での試合で違いを感じることはありますか?
いろいろありますが、特に車いすラグビーの人気が高いヨーロッパに行くとはっきりと違いを感じますね。まずは試合会場が日本と比べ物にならないくらい大きくて圧倒されます。あとは、観客の数が多いだけでなく、熱量が高いことにも驚かされました。エキサイトしすぎて、審判の判定や選手のプレーに対しても、よくブーイングが起こります。
日本ではまだどこか観客に温かい目で見られているような感覚があります。そういう意味では、まだ“スポーツ”として認知してもらえてないのかな…と思うこともありますね。
そんな環境下で経験を積んできた海外チームの選手を見ていると、アウェイな環境への順応性が高く、それが強みとして現れているように感じます。あと、レフェリーとの間に言語の壁がないため、判定に疑問があると即座に異議申し立てできることも有利に働いていると思います。彼らはレフェリーがミスジャッジをしたと判断すると即座に異議を申し立てるのですが、私たちはそれができなくて泣く泣くスルーしてしまうことが多い。そういう時に言語の壁を感じてもどかしい気持ちになります。
逆に日本の選手が優れていると感じる部分はありますか?
組織力の高さではどの国にも負けていないと思います。実際、ベンチ入りする12人のうち誰がコートに出ても戦力が落ちることはありませんから。
車いすラグビーは監督と一緒に綿密な戦術を立てて試合に挑むのですが、そこで大事になるのがチームメイト同士の連係です。一人でも予定にないプレーをしてしまうとせっかく考えた戦術が台無しになりますので、練習では戦術が体にしみ込むまで全員で何度も練習します。その結果、生まれる見事な連係は、日本代表チームの誇るべき点だと思います。
東京2020パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)前と後ではどのような変化がありましたか?
東京2020大会は無観客での開催でした。その中、地元の小学生が観戦に来てくれましたが、声を出しての応援が難しかったので、あんなに静かな大会は初めてでした。それでも大会後にSNSで「車いすラグビーを始めました」というメッセージをいただいたり反響がありました。それに、昨年6月29日~7月2日にパリ大会の出場権をかけた「三井不動産 2023ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ」が東京体育館で行われたのですが、その大会には会場がほぼ満員になるほどの観客に来ていただきました。東京2020大会を機に応援してくれる方がすごく増えたなと感じました。応援があってこそのアスリートだと思っているので、応援があるとより一層がんばれますね。
観客の数が増えるに伴って練習環境は良くなりましたか?
正直、そうとも言い切れないところが悔しいです。確かに車いすラグビーの知名度は上がりましたが、テレビなどでタックルや転倒といった派手なシーンがクローズアップされたために激しいスポーツというイメージが先行し、一般の体育館の使用許可が下りなかったこともありました。転倒もそれほど頻繁に起こることではなく、床や壁がひどく傷つくということもないので、間違った先入観を持たれてしまうのはとても残念です。
今のところ団体練習は一部の施設に限られている状態で、練習量も十分とは言い切れません。この状況を改善するためにも、パリ大会で大いに活躍しなければならないと思いますし、体験会やSNSといった周知活動も頑張って、車いすラグビーの本当の魅力を知ってもらいたいと思っています。
小川さんが考える車いすラグビーの魅力はどんなところですか?
やはり、緻密な戦術のもとで展開される連係プレーが一番の見どころではないでしょうか。もちろん、タックルといった派手な動きも迫力があって面白いのですが、車いすラグビーというスポーツを知れば知るほど頭脳プレーの要素が見えてきますので、そこを楽しんでいただきたいと思います。ボールを持たないディフェンス専門の選手がいたり、コート上では全員が常に動いていますので、見どころが多くて退屈することはないと思います。
あと注目していただきたいのがチーム編成ですね。男女を問うことなく障害の程度が違う人同士でチームを組むことができ、全員が活躍できるようなルールになっています。そういう意味では、一般のスポーツにはない魅力を多く備えていると思います。
今後の目標を教えてください。
現時点での大きな目標は、今年8月に開催されるパリ大会に出場することです。そのためにはまず日本代表メンバーに選ばれなければならないので、直前の6月に開催されるCANADA CUP 2024ではしっかり足跡を残せるよう頑張りますし、パラリンピックに出場できたあかつきには金メダルを目指します。そこにはアスリートとして頂点に立ちたいという思いもあるのですが、何よりも世間の注目を集めることで、一人でも多くの人に車いすラグビーへ興味を持っていただきたいという気持ちがあります。多くの人の関心や応援が支えとなって練習環境が良くなり、日本の競技者のレベルも上がっていく。このような好循環を生み出すことを最終的な目標にしています。
これから車いすラグビーないしスポーツを始めたいという方へメッセージをいただけますか?
最初の一歩を踏み出すのはなかなか難しいとは思いますけど、私たち関係者がしっかりサポートしますので、少しでも興味があればクラブチームのSNSなどを通じてコンタクトを取っていただきたいと思います。もちろん、体験会への参加など、SNS以外にも入口はあると思いますので、自分に合ったやり方で車いすラグビーに触れていただけるとうれしいです。
もし、やってみて楽しいと思えたら長く継続できると思います。ちなみに、私自身がスポーツを始める時は、勝ち負けよりも自分が楽しめるかどうかを優先して選んできました。その気持ちがあるからこそ、上手くいかないことがあってもやる気を失うことなく、前向きな気持ちで続けられているのだと思います。