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パラスポーツインタビュー詳細

陣川 学士さん(パラトライアスロン スイムイグジットアシスタント)

陣川学士さんの写真

プロフィール

名 前

陣川 学士(じんかわ さとし)

生年月日

1973年5月12日

出身地

神奈川県

所 属

一般社団法人神奈川県トライアスロン連合

 スイム・バイク・ランの3種目をこなして合計タイムで競い、フィニッシュを目指すパラトライアスロン。スイムで水から上がる時に障害によって自力で歩けない選手には、「スイムイグジットアシスタント」(以下、SEA)が抱え上げるなどしてサポートします。東京2020パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)を含め、多くの大会で選手を支えてきた陣川さんに、SEAを知ったきっかけや具体的な活動内容、競技サポートを通して芽生えた自身の変化などについて、お聞きしました。

SEAは、どのようなサポートをされるのですか?

 SEAは、スイムの競技区間を終えた選手を水から引きあげ、退水からウェットスーツの脱衣等を行うプレトランジションエリアまでの移動支援を行う要員です。車いすを使用する選手や下肢障害の立位の選手など、自力で移動できない選手をスリングシートという吊り具を用いて担いだり、肩や手を貸したりしながらサポートします。

 視覚障害の選手と一緒にレースを行うガイドや、比較的障害が重い選手のトランジション(※1)を助けるハンドラーは選手側が用意するサポート役ですが、SEAは大会主催者側が用意する要員で、競技の転換時間もタイムに含まれるので大事な役割だといえます。

(※1)スイムからバイク、バイクからランへと競技種目を転換すること

どんな方がSEAを担当されているのですか?

 自身もトライアスリートという人が多いですが、泳げなくても選手を安全に支えることができる体力がある人ならできます。大会によって異なっていて、たとえば、毎年多くのトップ選手が出場するワールドトライアスロンパラシリーズ横浜大会(以下、横浜大会)のSEAは、審判員の中から割り当てられます。他の地域では、自衛隊員がSEAを担う大会もあるんですよ。

2021年の横浜大会で活動する陣川さん(左)

陣川さんとSEAの出会いを教えてください。

 小さいころからトライアスロンには興味があって、30歳を過ぎた時に一度レースに出てみました。ところが、途中棄権してしまって、それで病院に付き添ってくれた審判員の方から、「トライアスロンには審判員という形で関わる方法もありますよ」と教えられて興味を持ちました。それから審判員の資格を取って、横浜大会では一般のレースでスイムスタート時の選手誘導などをしていました。

 横浜大会では2011年からパラトライアスロン競技が実施されていて、当初は一般の方が年齢別に競うエイジの部のみでしたが、2014年にトップ選手が競うエリートの部が正式に追加されるなど本格化しました。その際にSEAを任されたのが最初の出会いですね。私は学生時代にラグビーをやっていて、体格が良かったからというのもあると思います。私が担当したエイジの部はエントリーが3人ほどと少なく、無事に終わりましたが、みんな手探りの状況でしたね。翌年から参加者も増え、SEAの体制ももっと整っていきました。

SEAとして活動するためには、どんなトレーニングが必要ですか?

 そこは各自に任されていますが、横浜大会に向けて、数回SEAの講習会に参加しました。その他には施設のプールを借りて、理学療法士から‟人を抱え上げるときのコツ”を教わりました。抱え上げる時は膝からとか、腰を痛めないように選手との距離を近くするとか。選手とSEAの両者がケガをしないためのもので、とても参考になりました。

陣川さんにとってのパラトライアスロンの歴史はSEAの歴史でもあるのですね。

 そうですね。私自身、最初の3年くらいは「私たちが何かしてあげなきゃいけない」「速く運ばなきゃいけない」と思い込んでいるところがありました。でも、そうすると焦って転んでしまったり、選手を抱える時にスリングシートをうまく着けられなかったりして、結局遅くなってしまうことがありました。そこから経験を積むことで、肩を貸すにしても、選手によって腕の可動域が違うので、支える方向やタイミングを探りながら行うなど、選手に合わせたサポートを意識するようになりました。2015年以降の横浜大会ではSEAのリーダーの立場になったので、選手の特徴を判断して、サポートを担当するSEAに指示を出すようにしていました。横浜大会も回数を重ねていって、次第に選手もSEAもお互いに慣れていった感じです。

エリートの部とエイジの部では、サポートの内容は変わりますか?

 横浜大会では、エイジの部の場合は、選手がスイムから上がってくる時のサポート以外にも、選手が使っている杖や移動用車いすをバイクのフィニッシュ地点に持っていくといったこともします。本来、それはガイドやハンドラーの役割なのですが、エイジの部の選手は家族が担ったりしていて、サポートが行き届かないことがあります。ですので、前日の競技説明会でSEAが参加者から「この杖はフィニッシュに置いておいてほしい」といった要望を聞き取って、当日の担当者に共有します。何年かやっていると顔なじみになって、聞き取りをしなくても意思疎通ができるようになった選手もたくさんいますよ。エリートの部は世界レースとしての緊張感が魅力に感じますし、エイジの部はこうしたコミュニケーションの面白さがあるなと感じています。

そうした長年の経験を活かして、東京2020大会でも仲間のみなさんとSEAを担当されました。どんな思い出がありますか?

 SEAは多いときで16人いて、東京2020大会もいつも一緒に活動しているメンバーと関われたのは嬉しかったですね。

 また私はリーダーだったので、泳いでくる選手のスイムキャップの色(※2)や番号をチェックしてSEAに指示を出すのですが、審判員の方から「スイムキャップは赤色だけど、抱え上げなくていい選手が2人いる」と言われていました。立って歩けないけれど、少しの距離の移動なら、SEAに担がれるより這って自分で行ったほうが速いと、選手が言っているようでした。現場では何とか対応できましたが、後で審判の方に「選手は一斉に海から上がってくるので、さすがにSEAが混乱してしまう」という話をしました。それが反映されたのかは分かりませんが、東京2020大会以降にルールが改善されて、本来は赤色スイムキャップの選手でも、サポートが不要な場合は緑色のスイムキャップを被ることが出来るようになりました。パラトライアスロンはまだ歴史が浅いので、こうしてどんどん良くなっていく部分がたくさんある。いい変化だと思いますね。

(※2)選手はクラスごとにスイムキャップが色分けされている。たとえば車いすを使用するPTWCクラスの選手は赤色、肢体不自由の立位の選手は黄色のスイムキャップを被っている。

横浜大会や東京2020大会を笑顔で振り返る陣川さん

パラトライアスロンは世界的にもファンが多いと聞きます。日本でもパラトライアスロンやSEAに興味を持つ人が増えていくのではないでしょうか。

 そうなるといいですね。今、仲間たちが東京や千葉でパラトライアスロンの練習会やSEAの講習会を開いたりしていて、SEAに関心があるという声が寄せられていると聞いています。「選手のサポート」となると、敷居が高いと感じる人もいるかもしれませんが、私が8年ほど関わってきて思ったのは、SEAとは特殊な対応をする専門職ではなくて、「困った時に手を貸す」役割であるということです。SEAはそれほど敷居が高くないので、ぜひ気軽に関わってほしい。初心者が安心してSEAとして活動ができるよう、経験者がいることも重要で、経験者が運営側に相談役みたいな形でいれば、選手も、初めてSEAをする人も安心すると思いますし、そういうレースが増えるといいなと思います。

東京2020大会では多くの選手が活躍しました。今後のパラトライアスロンの発展が楽しみですね。

 そうですね。東京2020大会では、宇田秀生(うだひでき/NTT東日本・NTT西日本)選手が男子PTS4(運動機能障害)で銀メダル、米岡聡(よねおかさとる/三井住友海上)選手が男子PTVI(視覚障害)で銅メダルを獲得して注目が集まっていますしね。パラスポーツ全般に言えることだと思いますが、障害者がやっているからすごいのではなくて、スポーツのひとつ、種目のひとつとして面白いというふうに認知されるといいなと思っています。そのうえで、SEAのようにレースを支える人もいるということを含めて、パラトライアスロンという競技に興味を持ってもらえたら嬉しいですね。

(取材・文/MA SPORTS、撮影/植原義晴)