デフリンピックとは、耳が聞こえないアスリートのオリンピック
デフリンピックとは、「ろう者(Deaf)+オリンピック(Olympics)」の造語で、聴覚に障害があるアスリートが頂点を競う国際総合スポーツ競技大会。4年に一度開かれ、東京2025デフリンピックは来年の11月15日から26日までの12日間にわたり、東京都を中心に、静岡県と福島県の計3都県で開催される。夏季・冬季を通じて日本での開催は初で、1924年にフランス・パリで第1回大会が開かれてから100周年の節目となる大会だ。
公平性を期すため、競技中は補聴器などを外してプレーする。選手は音声や審判の合図が聞こえないため、フラッシュランプや旗を活用するなど視覚的な工夫をした競技環境が整えられているのが特徴だ。
ろう者や手話への理解を深める企画も実施
東京2025デフリンピックでは21競技が実施される。今回のトライアウトの会場である郷土の森総合体育館はレスリング会場として使用される。そこで、デフリンピックやろう者、手話等への理解をより深める機会にしようと、6月29日の府中会場では、トライアウトに先立ち、一般来場者が見学・参加できるデフリンピアン交流会やミニトークも行われた。
府中市が主催したデフリンピアン交流会では、デフバドミントンナショナルチームから、前回の第24回夏季デフリンピック競技大会 カシアス・ド・スル2021の混合団体戦で銀メダルを獲得した長原茉奈美(ながはらまなみ)選手、沼倉千紘(ぬまくらちひろ)選手、沼倉昌明(ぬまくらまさあき)選手の3名がゲスト出演。最高峰の国際大会ならではの雰囲気や過ごし方、聞こえない人同士のコミュニケーションの方法、東京2025デフリンピックへの抱負などについて語った。
また、一般来場者が耳栓またはノイズ音が出るイヤホンを装着して聞こえない状態でバドミントンを体験する時間も設けられ、選手との交流を楽しんだ。
来場者と手話で会話するデフバドミントン日本代表の沼倉(昌)選手
午後からはトライアウトに向けた開会式が行われた。東京2025デフリンピック応援アンバサダーの川俣郁美(かわまたいくみ)さんが登壇し、トライアウトの参加者に激励のメッセージを送ったほか、デフリンピックの魅力や国際手話などをミニトーク形式で紹介した。また、東京2025デフリンピックの公式マスコットに任命された東京都スポーツ推進大使の「ゆりーと」をはじめ、各自治体のキャラクターによる応援隊が駆けつけ、会場を盛り上げた。
日本選手団のサポートスタッフとしてデフリンピックに参加した川俣さん(左)と選手たち
経験の有無に関わらず真剣に競技に取り組む参加者たち
競技トライアウトは、ハンドボール、射撃、テコンドー、レスリングの4競技のうち、参加者が興味のある競技を事前に選択し、実技や運動能力テストに臨んだ。また、トライアウトに協力した競技団体が、参加者の競技への適性やパフォーマンスを確認した。なお、トライアウトの各会場には手話通訳士が帯同。スタッフと参加者が円滑に意思疎通できるよう、サポートした。トライアウト後は、審査ののち、東京2025デフリンピック出場が見込まれる場合は競技団体による強化・育成の対象になるとあって、参加者は真剣な表情で挑戦していた。
ハンドボールは、「走る」「投げる」「跳ぶ」といった運動の基礎、そして実践的なゲームを通じて参加者の総合的な運動能力をチェックする項目が設けられた。参加者は、それぞれコミュニケーションを図りながら、約2時間のプログラムに集中して取り組んでいた。
ハンドボールでシュート練習を行う参加者
テコンドーでは、蹴りの基本動作やミット蹴り、組手の実践などに取り組んだ。大学3年生の女性は、所属しているテコンドー部のコーチからトライアウトがあることを聞き、「自分の経験が活かせるかもしれない」と思い、参加を決めたといい、「リラックスして臨めた。強化の対象になったら、頑張りたい」と話した。
指導に当たった全日本テコンドー協会の中川貴哉(なかがわたかや)コーチはトライアウト終了後、「未経験者もいたが、蹴りのアドバイスをするとすぐ身体で再現できるなど、適応能力の高さに驚いた。健聴者でもそこまでできる人は少ないので、感性が鋭いのかなと感じた。私たち受け入れ側も、デフの選手をサポートするための勉強をしていきたい」と語った。
テコンドーでは柔軟性やバランス能力、適応能力などを確認した
「デフの選手は感性が鋭いと感じた」と語る中川コーチ
また、レスリングでは、ウォーミングアップの後、タックルや受け身、ローリングといった技の実践やスパーリングに挑戦した。大学で日本拳法(防具とグローブを着用して打撃技、投技、寝技を駆使して勝敗を競い合う新興武道)に取り組んでいるという20歳の男性は、大学の支援課からデフリンピックへの挑戦を勧められ、トライアウトに参加。「日本拳法に活きるレスリングの動きを学びたいと思っていたが、想像以上に難しかった」としながらもデフリンピックへの関心は増した様子で、「時間は足りないかもしれないが、出場を目指したい」と話し、汗をぬぐった。
東京2025デフリンピックでは郷土の森総合体育館がレスリングの会場となる
レスリングではタックルや受け身の実践に取り組んだ
射撃では、参加者がビームライフルの構え方や姿勢などのレクチャーを受け、いかに集中力を保ち、小さな標的に狙いを定められるかにトライしていた。日本ろう者ライフル射撃協会の桂玲子(かつられいこ)会長によれば、これまで国内にデフスポーツにおけるライフル射撃の団体がなかったため、2023年4月に同協会を立ち上げたという。選手発掘のため、これまでも体験会の実施やさまざまな選手発掘事業に参加しており、今回のトライアウトもスタッフと一丸となり、熱心に指導をしていた。37歳の男性は、デフリンピックに射撃競技があることを知って興味を持ち、昨年12月に同協会に加入したといい、「デフリンピックに出たい。とにかく練習あるのみ」と目標を語った。
1年後に日本代表となる選手があらわれるか、注目が集まる。
スタッフのアドバイスを受け、集中して的を狙う射撃の参加者
選手発掘に力を入れる日本ろう者ライフル射撃協会の桂会長
ボランティアの女性「来年のデフリンピックにも携わりたい」
東京2025デフリンピックの開催は、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京2020大会)で醸成された共生社会実現の機運をさらに推進することが期待される。ボランティアマインドの広がりも東京2020大会のレガシーのひとつであり、今回の事業でも多くのボランティアが運営や選手のサポートに携わった。
会場のある府中市在住の女性は、東京都のホームページでボランティア募集の案内を知り、応募した。東京2020大会でも武蔵野の森総合スポーツプラザが会場となったバドミントンや車いすバスケットボールにボランティアとして参加しており、それ以降、スポーツボランティアへの関心を持ち続けているという。東京2025デフリンピックを前に、手話の教室にも通い始めたといい、「ぜひ来年も経験を活かしてボランティアとして参加したい」と話していた。
(取材・文/MA SPORTS、撮影/植原義晴)
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